しなしなまち歩き

木崎神社―歴史薫る小木の氏神様―

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木崎神社

江戸幕府を支えた佐渡の金銀山

佐渡といえば・・・何を思い浮かべるでしょうか。
トキ、たらい舟、そして忘れてはいけないのが佐渡金山です。

佐渡金山は江戸時代の初期に発見されると、
幕府の財源として欠かせぬものになりました。
道遊の割戸

江戸時代を通して佐渡には藩が置かれず、幕府が直接支配する“天領”でした。
指導者として佐渡奉行が赴任し、金銀山の管理と佐渡国の支配にあたりました。

佐渡奉行の中でも特に有名なのが大久保長安です。
江戸時代の初めに佐渡奉行として大いにその手腕を振るいました。

そんな彼が金銀山の繁栄を願って建立したのが木崎神社です。
木崎神社

金銀山の守り神から北前船の拠りどころへ

木崎神社は金の保管場所としても使われており、
問屋衆が毎晩寝ずの番にあたったと伝わっています。

また金銀を運び出すのに適した天気の日は殿様日和と呼ばれました。

そんな木崎神社ですが、江戸時代中期以降は別な顔を持つようになります。
北前船と呼ばれる商船の運航が盛んになると、船乗りたちの信仰を集めるようになりました。

その証拠として拝殿の中にはたくさんの船絵馬が残されています。
木崎神社の船絵馬

しかし時代は下り、明治の中期頃になると北前船の時代は終焉を迎えます。
木崎神社に船乗りたちが訪れることもなくなりました。

小木っ子が熱くなる夏の3日間

毎年8月の終わりに催される木崎神社の例祭“小木港祭り”―
これを楽しみに小木の人々は1年を過ごすとも言われるほどの大イベントです。

各町内に代々伝わる伝統芸能を神社へ奉納するとともに、
パレードや花火大会で町は3日間にぎわいます。
稲荷町の小獅子舞

この祭りの終わりとともに小木の夏は終わりを迎えます。

小木の町は時代とともに大きく変化していきました。
金銀山の時代、北前船の時代、観光の時代・・・

そんな町を常に見守ってきた木崎神社―
地元の人は親しみを込めて木崎さんと呼んでいます。

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